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執筆者の写真2020 セクマイ大会

大会スタッフより 私と情報保障 すぎあき

大学入試の留年をしている時に、近所のろう者に出会ったのがきっかけで手話を覚えるようになり、ろう者と話したい!ろう者について知りたい!と思うようになりました。

留年していたわりに、近所でプラプラしていたのも後になってとても良かったものだと思います。

 勉強が苦手な私は、ようやく大学に入った時、勉強を頑張れと親に言われたのが、嫌だった上に、ほぼ専門学校並みの薬学一色のカリキュラムが嫌で、他大学の授業を受けに、いつも外へ出かけて行っていました。まぁ親には高い学費を払ってもらっている中で、自由にさせてもらえたことは、今は感謝をしているんですけど。。  外へ出かけていった時に出会ったのが脳性麻痺者であり、多くのろうの友人であり、また、在日韓国朝鮮人の知り合いたちであり、アイヌ民族の人たちであり、高校までは全く気づいてなかった存在にどんどん出会う経験をしました。

 さて、情報保障といえば、どんなイメージを皆さんは持たれるでしょうか? それぞれの付き合いの範囲でのイメージがあると思います。ろう者との付き合いがある人は、手話通訳や文字通訳・字幕などを直ぐに思い浮かべると思います。私自身も、まず思い浮かべるのは、手話通訳や文字通訳です。  けれど、大学時代に色々な方に出会ったおかげで、例えば、義務教育時代の年齢の障害児の場合、状況によっては、学校に通うことすら「免除」という言葉を使われて、学ぶことを経験できなかった人もいるし、学びの内容を限定的にしか受けられなかった人もいます。在日の高齢者の人たちの中には、日本語を話すことは日常生活上の必要性があって覚えてゆきますが、日本語の読み書きを習う機会を奪われて、歳を重ねてから習い始めたという人もいます。 ろう者の場合は、日常生活の中で、情報がなかなか入って来ないために、言葉・単語の読み方をどうやって読むのかな?とわからないまま過ごしている人もいます。  その一人ひとりの喋り方・語りのペースは、本当にさまざまですね。受け取り方も理解の仕方も本当にさまざまです。文字盤を使ってコミュニケーションをする人もいれば、図やイラストがあると理解しやすい人も。コミニケーションの方法の幅広さにも気付かされました。  情報を伝えること、情報の受けての存在を尊重しながら方法について考えて行くのは、とても奥が深いです。いつも試行錯誤の連続だと思います。  大会に参加する人が参加しやすいようにと考え、工夫を継続してゆく実行委員やボランティアさんと出会えることは、私にとってとても貴重な機会です。

 一緒に進めて大会の場でより多くの参加者に参加してもらえるように、出会えるように、このクラファンをまずは成功させたいと思っています。


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